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僕は○○○で君も○○○だけど○○○は○○○なりに頑張ろう

高校生くらいの時にふと思いついた考えがあって、いきなり汚い言葉で恐縮なのですが、「僕はウンコで君もウンコだけどウンコはウンコなりに頑張ろう」って考えでして。
人間ってダメな部分がたくさんあるじゃないですか。そういう部分をちゃんと認め合ったうえで自分のやれることをいっちょ頑張ってみようという、そんな意味合いがあったりします。
世の中ってとかくプレッシャー社会だったり比較社会だったりするじゃないですか、
「お前ならもっとできるはずだ」
「オレはこんなもんじゃないもっとできるはずだ」
「あいつには負けたくない」
「自分以外のみんながとても楽しそう」
などなど、世の中はプレッシャーと比較で満ち溢れています。
もちろん上記のような考えもわからなくはないのですが、自分に対して過度なプレッシャーを与えることは結果として精神的に大きな負担を与えてしまい、良くない方向に進んでしまうパターンは数知れず。そして言うまでもなく他人と比較して羨む人生は得てして何も産み出しません。
なので、そんな人間なんて大したもんじゃないよ、自分も他人もウンコみたいなもんだよというくらいのスタンスで生きたっていいんじゃないかなぁと思ったりするわけです。そして、得てして人間の魅力的な部分はそういう負の部分にあったりするから不思議なものです。
立場上、たまにどうしても偉そうな物言いをしてしまって自分にうんざりしてしまうときがあるのですが、「偉そうなこと言ってくるけど自分はウンコみたいなもんじゃないか」と思い、反省し、また頑張ろうと思うようにしたりしています。
ちなみに今日 hulu で観ていたシリコンバレーという映画では asshole という言葉を使っていて、まぁ、多分だいたい同じような意味なのかなと思いました。ウンコを別の言葉に変えてもいいかもしれません。ちなみにウンコはとても大事です。いつも感謝しています。
こんなにウンコって言ったのは小学生以来な気がします。
それでは、สภาพแวดล้อม ในลำไส้ เป็นสิ่งสำคัญ !(タイ語で腸内環境は大切という意味です)

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